Little AngelPretty devil 
      〜ルイヒル年の差パラレル 番外編

     “青葉時雨に”
 


初夏のいい日和がそのまま夏まで続くのかと思わせといて、
でもでも、そうは行きませんと、
春最後の寒気団が、
太平洋側の湿った暖気団と押しくらまんじゅうをするのが、
日之本の国の今時分につきものな“梅雨”であり。
それがやって来る前辺りから、
青嵐とも呼ばれる荒れたお天気がやって来る。
梢や原っぱに満ち始めたばかりの、
まだちょっぴり柔らかな緑をもみくちゃにして。
彼らを蹂躙しようというものか、
強い風が吹き荒れ、激しい雨が降りかかり。
少しばかり夏めきの気配を帯びていたはずの、
暖かさ爽やかさもどこへやら。
重々しい雲に空は覆われ、
嫋やかな柳のみならず、
若葉をまとった木々も のたうつように揉みくちゃにされ。
家中がギシギシと軋んで悲鳴を上げる…

 「……のは、ウチがあばら家だからだ、悪ぁるかったな。」

ありゃりゃ、お館様には怒られてしまいましたが。
それほどの強い風が吹く頃合いだと
言いたかっただけですので、悪しからず。
そして、

 「………急々如律令っ。」

その、剛力あふるる風の中、
もっとも場末にあたるお屋敷からも、
更に遠く離れた草深い野原にて。
まだ明るみはあるものの、
いつ雨が落ちて来ても不思議はない、
灰色一色に塗り込められた空の下。
浅い山吹色の菱紋織り出し錦の狩衣に、
指貫と呼ばれる裾くくりの袴は黄朽葉。
下へ重ねた若草色の単(ひとえ)が、
襟元と肩ぐりの隙から覗く色襲(かさね)も品のいい。
貴籍の方々が身につける御召し物を、
まだまだ幼いその身へまとった和子が一人。
時折 砂混じりになる雨粒にも怯まず、
柔らかそうな髪をくちゃくちゃに荒らされてもなお、
胸の前へと合わせた両の手、
それだけでは足らぬか、左右からぐいぐいと押し合わせ。
唸りをおびた風の音にも負けないぞと、
腰を据えての腹の底から、
しっかとした咒言を唱え続けていた彼だったが。
何合目かの繰り返しが熱を帯びて来、
彼自身の御身を縁取っての
陽炎のような“気”のほとばしりが滲み出したそんな間合いへ、

 《 小賢しい童っぱが、吾を封じようとは滸がましい。》

空耳のような一瞬のそれ。
心得がなかったならば、それこそ風の唸りか気のせいかと、
得体の知れない不意打ちに、どきりと胸が騒ぎこそすれ。
何も居はせぬと首頚(こうべ)を振っての、
気にも留めなんだところだが。

 「…っ!」

こちらはただの幼い少年ではない。
薙ぎ倒されそうなほどの突風の、
実は原因でもあるらしき、先程の怪しい声の主。
足元の地を震わせて、その身を起こした怪奇の妖異、
黒々とした泥のような何物かが、
ゆさゆさ・どろどろと涌き上がって来たのへと。
相手の正体が判っていればこそ、
恐れ慄くこともなく、むしろ表情をきりりと引き締めると。

 「観念したまえっ、怨嗟の御魂(みたま)よっ!」

懐ろから掴み出した咒弊をかざすと、
風の勢いは収まらぬままなのに、
不思議と引き千切られそうな風に攫われることもなく。
ただただ念じる封印の咒言が風に少しずつ滲んでの、
やがては向かい風へと吸い込まれるという逆流が起こる。
その逆流が向かうは、風上にいる泥状の妖異へ目がけてで。

 《 な…っ。》

小柄でしかも、年端もゆかぬ少年導師だと、
舐めてかかっての いっそからかってやろうと近づき過ぎたか。
確かに、この幼さでこの濃さの念咒はなかろうという、
それは強靭な封呪の印が網を広げて。
この野原の地盤全体に広がらんとしていた妖異の精気を、
隅々まで逃さぬようにと搦め捕ってゆくではないか。

 《 きさま、何奴…っ。》

ごぼごぼという くぐもった声が、
苦しげに呻いての、徐々に徐々に掠れてゆく。

 「………………………。」

風の音が邪魔な中、
最後の最後、余燼が風の音の向こうへ完全に消え去るまでを、
全身で聞いての見届けておれば、

 《 主よ、風がやんだ。》

一面灰色だった空も、どこからか薄日が差して来ており、
風も先程までの凶暴な気配はずんと薄まって、
涼やかなそれしか吹いてはいなくて。
少しずつながら、原っぱを取り巻いていた空気も重さを剥がされての、
湿気とも温気とも別の重々しさを、
するすると薄めている最中なようであり。

 「あ……。」

周辺には既に、おどろおどろしい妖気もなくての、
草いきれの青々しい清かな香しか感じられない。
さっきまで垂れ込めていた忌まわしい気配は、
どうやら完全に去ったらしいということへ、
ようやっと自分でもそれへ気がついて。
懸命必死、知らぬ間にこわばっていた小さな肩が、
ほうという溜息とともに、ゆるやかに萎えてゆく。
それへと重ねられたのが、
武骨ながらも頼もしい、それは大きな手の影で。

 《 主、しばし休んでから戻ろうか?》

今日本日のお務めは、
まだまだ本格的な代物ではなかったのだが、
それでも彼一人であたったというお初の仕儀であり。
憑神の進へも、彼の命に関わろうほどの危機にでもならぬ限り、
絶対に手出しはするなというお達しが厳重に言い渡されていたとかで。

 『殺して滅せさせる方が後腐れもないってのによ。』

優しいというより、あれは気が多すぎるのだと、
薄日が差して来た空を仰いで、師匠の蛭魔は困ったように苦笑する。
封印はそれを為した存在が滅してもなお続くほどの、
より強靭な霊的能力が要りようで。
それのみならず、
半端に永らえさせられた存在が、ますますのこと
その性根をよじれさせたり、ねじれさせたりもしかねない。
当人には“寛容な対処”のつもりはないのだろうけれど、
それでもそうと処すことを選んだからには、
その存在が在ることへの責任も負わねばならずで、

 『英断が出来ぬ ひ弱者じゃあない筈なのだがの。』

困った困ったと、お師匠様がしきりと苦笑しているとも知らず。
大変な緊張に全身をこわばらせていた幼い術師さん。
今は隙だらけのその身を守るべく、
片時も離れぬと眸を光らせている憑神様の存在感に安堵しながら。
梅雨前の温気の高い風に、それでも心地よさげに目許を細め、
彼には高かった艱難、やっと越えたぞと和んでいた昼下がり。
草の間に咲いていたコデマリがゆらゆら揺れて、
未来の陰陽師を励ましているかのようだった。





  〜Fine〜  12.06.16.


  *進セナものと言えるのかどうか。
   たまにはこちらのお二人の奮戦記をと思ったのですが、
   誰からも守られておいでのセナくんが、
   これだけは単独で挑まにゃならんものといえば、
   今はこれかなと。(ウチ限定ですけどね・苦笑)


ご感想はこちらvv めーるふぉーむvv  

ご感想はこちらへvv  


戻る